例の件について思っていること。

「外野がガタガタ抜かすな」が口癖の人間なのですが、あまりに沈黙を貫き通していると、変に誤解されてしまい、皆様との齟齬が深くなりかねないので、贅肉まみれの重い腰を今持ち上げたところです。口を噤んでいれば、相手に都合の良い方へ良い方へと勝手に解釈されてしまうのが世の常で、それを避けるために人間たちはあらゆる手段を用いてコミュニケーションをはかるのでしょう。私もそうです。しかし、山を越え谷を越えようやく届いた言葉には、どこまでも責任の重さがなければ、はっきりとした評価を下しにくいのです。ましてやインターネットの超軽薄な数キロバイトにも満たぬ文字列には尚更それがない。ただ、だからこそ生まれてくる全く特異な小節というのもあって、むしろ、受動的であれ能動的であれ、ネットに普段から触れている人間たちにとっては、ある種文化とも呼べるその電子海の波でサーフィンさえも楽しんでいます。それがまたネットに慣れていない人間との間にさらなる溝を生むことになるのかもしれませんが、今回の例の件は、インターネットの奥底で起こった出来事だというのですから、その点いささか気が抜けてしまうというものです。しかし、すでにPCも立ち上がって随分と温まってしまったので、背水の陣が如く私は私の主張を述べるしかありません。一人、四畳半、キーボードを鳴らして。

御託はここまでです。さっそく例の件について、いってみましょう。

例の件について

今宵も界隈を騒がせている例の件についてですが、まず私はボカロP(ここではボカロを用いて作曲するヒトの意)としてネット上で活動している身であることをアピールしておきたいです。その立場からして、今回の例の件に対する意見を結論から言うと「大多数の皆様が仰っていることに概ね同意だ」ということであります。迎合せずただマイペースな活動スタイルこそが華のクリエイターたちにとって、多数派に与するなどあってはならないことなのかもしれません。しかし今ならば言えます。撒いていた種たちが咲くか咲かないかは神のみぞ知るように、ヒトの心もまた秋の空、誰にも予測できないのが未来の特徴(フューチャーフィーチャー)の一つだと言えます。そういうわけで、私はやはりこの文章を読んでいる殆どの皆様と同意見なのです。素敵なことではありませんか。いや、そうではなくって。少々ナンセンスなのでしょうが、ただ根本的に言ってしまえば、正しさとはヒトの価値観それぞれによって異なるのだから、人類には絶対的な正義の共通項は存在しえないではありませんか。私はどうしてもこのことを無視できません。まあしかし、これだと主語があまりにも大きすぎる。今回の例の件については、わざわざ0か100かの両極端で語るつもりは毛頭ございません。すみません。立ち返って考えてみると、例の界隈の規模は地球人口に比べてしまえばひどく矮小なものなので、全てのヒトに行き渡り共有できる正義が一つや二つくらいあって然るべきではないのでしょうか。そこでは諍いが起こる余地などないはずです。ではこの現状は何故なのか。私は、界隈の一人ひとりの人間たちが、言わなくても伝わるだろう、とか、訊かなくても問題ないだろう、といったふうに、暗黙のルールを共有しきれなかったが故に、今回のイザコザ、例の件が発生したのだと考えています。しかしこれを主張するとなると、界隈に住む一人ひとりの愚鈍、怠惰こそが全ての元凶なのだとかいう、あるいは、どっちもどっちだからここで争うのはおかしいぜ、なのだとかいう思考の放棄、これもまた取るに足らぬ極論へと繋がりかねません。未就学児ですら現状の真逆を述べることは容易いのに、どうして教育を受けている我々が同じ轍を踏む必要があるのでしょうか。もしかしたら、どんなに足掻いたところで、例の件に言及してしまった時点で、多くの人間からそのようなレッテルを貼られ不利益を被るだけに終わってしまう、ひどく凡庸な現実しか残らないのかもしれません。さて、ここまでくると、沈黙こそが正解なのだと喧伝したくなる気持ちが溢れてやまなくなり、しかし裏腹に、沈黙を破った人間たちには一体どのような正解が心の澱みに沈んでいたのか、気になって夜も眠れなくなるのです。そういう経緯があって、私は取り急ぎ多数派を気取ってみたわけですが、案の定、いたずらに言葉を連ねたところで、例の件に関して絶対的な答えなど自分の中にはないということを、こうやって卑下するのが精一杯でした。しかしただひとつだけ、絶対的な芯はあると信じています。それは、私自身が駆動するボカロPとしての自分、その人間が作る音楽の中には、これこそが答えなのだと胸を張って言える言葉と音の数々が、きっとあると信じています。例の件について文章で完結させてやろうとするのは、もうやめです。だから、零れた心を掬い上げるように、一人、四畳半、キーボードを鳴らして。